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ハードとしての確実な家作り:実践編 | |
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おわりに これまで述べてきたところで、家は形になりました。あとは、そこに入居し、絵をかけたり、本を並べたりという作業が、待っているだけです。しかし、一度外部に目を転じると、そこはまだ赤土のままです。外部も家に合わせて、形をつけたいものです。それが終わって初めて、家が完成したといえるでしょう。家の外の工事を外構工事と言います。 外構で、必要なものを、列記していきます。塀、駐車場、自転車置き場、門、門扉、庭、表札、郵便(新聞)受け、外物置、まだまだたくさんあります。池が必要だという人もいるでしょうし、ゴルフの練習をする場所が必要かもしれません。また、バーベキュウーのための場所が必要というかも知れません。しかし、必要ではないという人もいるでしょう。ほんらい外構工事が終わって初めて、住宅らしくなったと、言えるのですが、外構は、好みが大変分かれるところなのです。ですから、ここでは省略します。 いままで述べてきたことがらは、匠研究室が毎日の仕事として、現場で職人たちとしていることです。しかし、設計者というのは、設計しかできません。どの工事をとってみても、設計者はなに一つとしてできません。釘一本打てるわけではありません。そうでありながら、設計者の設計意図が、現場での最高の施工指針です。職人衆は、設計者の設計意図を実現させるために、全力を尽くしてくれます。そのためには、設計者は、自分で設計した建物のすみからすみまで、しっかりと頭の中に入っていなければ、自分の思うとおりの建築はできません。 世の中における、設計者の理解のされ方には、図面を描く技術者、というのが多いようです。そういう面があることは、否定しません。それも大きな一部です。しかし、設計とは、建物を想像することです。そして、それを実現することです。設計者には、実現する能力がありませんから、施工する人に、設計者の想像したものを、伝えるために、図面を描くわけです。図面で足りなければ、文章や模型や完成予想図も動員されます。伝えるためだけに、図面は描かれるのです。設計者が最も時間を費やすのは、考えること=想像することです。 20年ばかり、建築の設計事務所を営んできて、匠研究室は、世間一般の設計事務所とはどうも少し違うようだ、と感じはじめています。匠研究室は、役所への建築の確認申請を代行したり、大きな設計事務所の下請けの図面描きや、建設会社の設計部門の下請けをしません。確かに、この作業も、建築の設計をしていることには、違いありません。しかし、こうした仕事のやりかたは、建築主のために設計しているとは言えません。この場合、建築主と打ち合わせをするのは、大工さんだったり、建設会社の営業マンだったり、という具合だからです。 誰から依頼されたかではなくて、どういった建築をつくりあげたかが、最後に問われると匠研究室も思います。けれども、こと住宅に関してはいえば、できあがった建物は、そこに住む人の生き方と、それを受けて設計する設計者の、設計思想の表れ以外の何物でもありません。そう確認するとき、設計者は建築主から直接に、設計依頼を受けるべきだと、匠研究室は考えています。 匠研究室が他の設計者と違うようだ、と感じていることは、もうひとつあります。そしてこちらの違いの方が、より重要だとも感じています。それは、造形的つまりデザイン=形という方向から、接近する設計者が多いなかで、匠研究室は実現すべき理念、言い換えると、コンセプトから設計を始めることです。人はどう住むのか、住宅とは如何にあるべきか、この住宅では何を実現するのか…物としての家が、図面の上にに描かれるのは、匠研究室では最後の最後です。 建築は、最終的には形や色として、実現されます。しかし、形ある物としての建築は、実現されたその日から、陳腐化にむかって歩き始めます。これは、どんな物も避けることができない、宿命です。しかし、時間の経過が、その建物により一層の陰影を与えてくれるとすれば、古くなることもあながち悪いとばかりは言えません。 頭のなかで、新しい理念を想像し、組み立て、それを形に置き換えていく設計。実は、ここに機能的な要素は、入り込みにくいのです。建築の設計とは、豊潤な空間を、壁や床、天井に囲まれた物ではなく、空間そのものとして、想像することだ、と考えています。そして、設計の根底のところでは、哲学にいたる、とも考えています。 幸いなことに、匠研究室の建築主たちは、考えることに対して、お金を払ってくれています。設計は無料のサービスだ、という世の風潮と異なり、設計にお金を投じることが、よい建物を作る一番の早道だということを、知っているのでしょう。そうした建築主に恵まれてきたことを、匠研究室は大変に感謝しています。また、これから出会うであろう建築主にも、上品さ、しっかりした存在感、空間としての豊かさ、時間と共に老いる美しさなど、といったお金では買えない、物ではない無形のなにかを提供できれば幸甚である、と考えています。 |
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| 「タクミ ホームズ」も参照下さい | ||