著者の略歴−1858〜1918年、イギリス人。裕福な商家に生まれたが、陸軍士官学校の入試に失敗したので、冒険家となった。40才の時に、離婚問題を逃げるために旅にで、博物学的な興味から様々な記録を残した。 本書は、トーマスクックを使って来日した、イギリス人の日本滞在記である。 明治も31年からと時代は下るので、わが国も近代化が進んでいる。 筆者がきわめて詳細に記録を残していることから、本書は楽しい読み物となっている。 と同時に、当時の生活を知る手がかりを与えてくれる。
本書はわが国のまた違った側面を見せてくれる。 やはり、筆者の強烈な好奇心というか、彼独自の価値観に基づいた観察こそ見応え、読み応えがある。 当時のイギリス人、それも上流階級に近い人物の物の見方、 そしてイギリス人であることの自信が、本書のどこからともなく伝わってくる。 当時のイギリスが、いかに世界の中心だったかが判る。 それと同時に、イギリス本国では極東の情勢には、多くの人はほとんど感心がなかったことも判る。 こうした紀行文は、書かれた事実もさることながら、書かれていないことや滲み出てくる端々に驚かされる。 1904年、筆者は日露戦争の進行を、日本で聞いている。 ロシアのバルチック艦隊がスエズ運河を通過するので、商船が待機させられていることに怒っている。 デンマーク、フランス、スペインなどがロシア寄りであり、イギリスでも黄禍論があることにとまどっている。 女性への関心は通常の男性並にあったらしく、女性の写真もたくさん撮影している。 色白の瓜実顔に、ぱっちりとした目、きれいに通った鼻筋、そして小さな口といった具合に、 どうも女性の美というのは、おおよそ共通しているようだ。 筆者が美しい日本の女性と説明を付けている写真は、現在の目で見ても美人である。 筆者は狩猟を好むと同時に、海産物にも興味を持っており、しばしば海へ出かけている。 そして、海岸の風景や海産物などを記録している。 本書の圧巻は、海女たちに音楽を聴かせて写真を撮っている場面である。 まずは、海女たちの写真を撮ることだ。 20人全員、つぎに年長者たちだ。 最高の海女たちはみな年寄りだ。 5人の少女以外に若い海女はいない。 例の62歳の海女から判断すると、女性たちはいくつになっても潜れるようだ。 彼女らは出産前の臨月でさえ潜り、産後一週間で復帰する。 彼女らこそ、一家のおもなかせぎがしらなのだから。 彼女らの写真を撮り終えた私は、蓄音機の用意をはじめ、そのあいだにエガワが昼食の準備をした。(中略)彼らが蓄音機を体験した喜びを見て、私はすっかり満足した。彼らはいまだかつて、これらのどの一曲も聞いたことがなかった。まず理解できなかっただろうが、十分に楽しんでいた。P254
長い時間をかけて旅行できる幸せに、いささか羨望の念を感じる。 私の旅行ももう少し長く、しかも地元に密着して行いたい。 楽しい旅行記だった。 参考: イザベラ・バード 「日本奥地紀行」 平凡社、2000
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