著者の略歴−アメリカの有名なフェミニスト。1962年生まれ。イェール大学卒業、オックスフォード大学のニュー・カレッジで博士号を取得。以後、英米の諸誌にエッセイや詩や書評を発表。1991年刊行の「美の陰謀」THE BEAUTY MYTHでデビュー。これが全米で大センセーションを巻き起こし、一躍彼女はベストセラー作家となる。今では全米各地のキャンパスの人気者で、講演依頼も殺到している。 上梓されて10年近くたった本を、否定的に批評するのはマナーに反した行為かもしれない。 しかし、ナオミ・ウルフといえば有名なフェミニストであり、 その威光は今でも衰えていないとすれば、冷静な批評も許されるだろう。
この頃はまだ80年代のフェミニズムの熱気が残っており、本書は80年代の感覚をそのまま引きずっている。 アメリカにおける80年代のフェミニズムを一言で言えば、男性支配社会への告発だった。 そこでは、女性は支配されるものであり、女性は被害者だというものだった。 そのため、女性運動は女性が弱者であることを謳い、男性攻撃が運動の中心だった。 本書でも述べられているように、女性にとって大きな成果を獲得した。 しかし、自由と権利を獲得した女性たちだが、思ったほどの開放感をもてない。 私はそれを女性が差別されていた根本的な理由、 ならびに女性が解放されなければならない理由の考察、の2点が欠如していたためだと考える。 それにたいして、筆者は「女らしさの神話」は取り除かれたが、 そのあとに「美の神話」が滑り込んだせいだという。 そして、美の神話に追い立てられ、またもや女性は弱者に追い込まれているという。 それを「仕事」「文化」「セックス」「拒食」「暴力」といった面から考察する。 筆者も認めているように、90年代に入ってフェミニズムは急速に凋落した。 まず、女性自身がフェミニストであると名乗らなくなった。 これを筆者は男性支配社会からの抑圧のせいだといっているが、 必ずしもそればかりではなく、女性運動の基本的な部分の脆弱さの表れでもある。 なによりも、なぜ女性が抑圧されてきたのか、なぜ今女性が台頭しはじめたのかの、根本的な考察がなかった。 だから簡単に凋落したのである。 近代以降、労働対象が土地という限界がはずれたため、 男性社会において極大利益の追求が始まった。 そこでは男性たちは常に追い立てられ、競争させられるようになった。 生産労働を義務化された1人の男性にとって、 社会は疎外されたものとして登場するようになったのである。 女性は社会化されるのが遅れ、80年代に社会的存在であることを獲得した。 男性の立場も大したものではないと気づけば良かったのだが、 被害者意識から抜け出せなかった当時の女性は、男性が自分たちを抑圧し続けている、と考えてしまった。 そして、女性として社会的な自立を勝ち取ろうと決意しなおした。 本書は、美の神話を乗り越える方策として、 あらゆるフェミニズムの波がそうであるように、同輩の仲間と共闘するものでなければならない。P346 と述べ、「ただ一つの拠り所は女としての連帯」だという。 ここがあまりにも80年代的だし、決定的に間違っている。 女の連帯は、男性支配を告発するのには好都合だったが、女性が自立するにはかえって足枷になる。 人間としての尊厳を求めるとき、男性かとか女性かといった区別はない。 とすれば女性の連帯を語る地平はもう終わっている。 成功体験は自らを保守的にする。 女性運動もそうだった。 本書のような立論をする限り、第2次フェミニズムは女性によって放擲されるのは、当たり前なのである。 本書のレベルにとどまると、前進できないと一般の女性たちが認めてしまった。 それが90年代のフェミニズムの凋落だった。 男性のヒューマニズムと女性のフェミニズムがそろって、近代は終焉を迎えた。 そして、現実とは切れた観念が支配する、情報社会へと入ったのである。 そこでは男性とか女性といった括りではなく、個人としての人間が問われるのである。 参考:<本を見る>をクリックすると、<TAKUMI 楽天ブックス>の書棚へ飛びます。 本を見る−リタ・フリードマン「美しさという神話」新宿書房、1994 ? −成田一郎「美による支配のパイオニア」リブロ社、1990
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