編著者の略歴−1958年生まれ。『アサヒ芸能』『アクションカメラ』『Dr.ピカソ』等で、性風俗の取材を続ける。週に3回から4回は取材および個人的趣味で風俗店にて射精。ポット出版のウエブでホームページ「ボツ劇場」「ボツボツ劇場」を展開、大量の原稿を発表。さらに新HPを開設して、本書の対となる内容の原稿を募集中。著書に『えろえろ』『恐怖の大玉』『熟女の旅』ポット出版、『風俗就職読本(「風俗バンザイ」改題)』徳間文庫などがある。 筆者(座談)要友紀子、国江響子、小林のん、佐藤悟志、滝波リサ、菜摘ひかる、ハスラー・アキラ、畑野とまと、麻姑仙女、南智子、宮合真司、桃河モモコ、森あい 売春を肯定するのは、とても勇気がいることだ。 このサイトでは、当初から売春を肯定しているが、良識あると自認する多くの論者は、売春を否定する。 しかし、売春否定の論理は、ひどく粗雑である。 売春否定派として、キリスト教系の宗教団体、現在の結婚秩序を維持したい体制派、家父長制批判派と、3種の反対論を上げているが、最も始末に悪いのが家父長批判派である。
家父長批判派とはフェミニストのことであるが、フェミニズムに正義のイメージがあるために、誰も正面切ってはフェミニストを批判できないらしい。 私もフェミニスト批判には心理的な抵抗があったが、女性の解放を目指したはずのフェミニズムが、その主張を歪曲しはじめ、女性解放の障害となり始めた、と思う。 今やわが国のフェミニストの硬直状態が、正視に耐えないものになってきた。 売春に反対することは、わが国が貧乏な時代には正しいことだった。 身売りされて苦界に沈んでいった女性たちは、薄幸な人生を歩まされたことは間違いない。 この時代に売春と人身売買を分けることは、きわめて難しいことだったはずで、人権運動が排娼運動に連なっていったことは理解できる。 しかし、情報社会化した今日、売春に限らず性の世界を隠すことは、明らかに間違いである。 経済力のない専業主婦の存在を許す1夫1婦制が、経済力のある売春婦の存在と抵触するのだ。 独力で生きていける女性を認めることは、男性支配を根本から否定することなのだ。 だから男性支配を肯定する人たちは、売春婦の存在が許せない。 保守派が売春を否定するのは理解できるが、家父長制を否定するフェミニストが、売春に反対するのは論理矛盾である。 本書は、30人の売春否定論者を批判している。 伊田広行・上野千鶴子・大治朋子・小倉千加子・小野幹雄・兼松左知子・鎌田恵・河合幸雄・小谷野敦・櫻井よしこ・佐藤学・庄子晶子・瀬戸トシコ・立岩真也・谷口和憲・角田由紀子・中川八洋・永田えり子・中村彰・中山千夏・林マリサ・林陽子・福田和彦・松井やより・丸本百合子・村上龍・山下明子・山本直英・吉武輝子・若尾典子 現体制擁護の保守派たちが、批判されるのなら理解できる。 しかし驚くべきことに、このリストには、上野千鶴子・小倉千加子・角田由紀子・永田えり子・林マリサ・山下明子・吉武輝子といった、フェミニストを自称する女性が含まれている。 アメリカでもキャサリン・マッキノンやアンドレア・ドウォーキンなどが、保守派と一緒になった反ポルノ運動を展開しているように、わが国でもフェミニストたちの反動化が始まっているのだろう。 実際、僕が今日お話しした売防法批判なんてものの原型は70年代にリブの人たちが提出しています。『女・エロス』という70年代に出ていたリブの雑誌ですけど、この9号で売春特集を組んでまして、深江誠子さんが、新吉原女子保健組合のことを取り上げ、売防法および売防法を推進した人々を批判しています。P330 という松沢呉一氏の発言でも判るように、わが国のフェミニストは無前提的に売春を否定するだけで、論理的な検証を一切しない。 売春とは女性への暴力だといって、売春は悪であるという文句を振りかざすだけで、自分の頭で考えなし現実を見ようともしない。 わが国のフェミニストの無思考と、教条的な言動は救いがたい。 フェミニズムこそ20世紀が生んだ最大の思想だと思うだけに、わが国のフェミニストの現状を見ると慨嘆せざるを得ない。 フェミニストこそ性産業に従事する女性の、最大の味方であるはずにもかかわらず、彼女たちは今やセックスワーカーを蔑視する。 わが国のフェミニズムは、<女性である>ことに運動の基盤をおくので、とうとう専業主婦を批判しきれなかった。 むしろ専業主婦を擁護する立場をとり続けたので、性産業従事者のみならず、一般に企業で働く女性たちからも、見放されてしまった。 今後ますます体制派に近づき、本書でも批判されている超保守派の中川八洋氏らと、同じ主張になっていくのだろう。 解放派として登場した思想や運動が、体制派以上に反動化する状況は、第2次世界大戦前のドイツなどの状況を思い起こさせる。 最後のよりどころは、解放のイデオロギーではなく、頼りない自由主義なのだろうか。 ウーマンズ・リベレーションとして登場した女性運動は、過激でかつ本質的だったが、フェミニズムとなってからは見るべきものがない。 売春を肯定するのはいまだ憚られるなかで、本書は難しい企画をよく実現したと思う。 本書の役割は充分に評価するし、当サイトでも星を一つ献呈する。 しかし、売春肯定する論理がまだ粗雑である。30人の対象者を、14人と多くの筆者が批判しているので、やむを得ない部分もあるのだろうが、次には論理一貫性のある売春肯定論を提出すべきだろう。 (2003.09.26) 参考: 赤川学「性への自由/性からの自由 ポルノグラフィの歴史社会学」青弓社、1996 シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001 アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991 ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001 ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969 高柳泰世「つくられた障害「色盲」」」朝日文庫、2002 山崎朋子「サンダカン八番娼館 底辺女性史序章」筑摩書房、1972 バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991 宝島224「売春するニッポン 素人が売春する時代への処方箋」宝島社、1995 アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002 アンドレア・ドウォーキン「ポルノグラフィ」青土社、1991 アンドレア・ドウォーキン「インターコース 性的行為の政治学」青土社、1989 イヴ・エンスラー「ヴァギナ・モノローグ」白水社、2002 福田和彦「江戸春画の性愛学」KKベストセラーズ、2003 ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002 「ポルノグラフィー 揺れる視線の政治学」学陽書房、1992 石黒敬章「びっくりヌード・おもしろポルノ」平凡社、2002 白倉敬彦「江戸の春画」洋泉社、2002 田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999 パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002
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