H邸の新築工事                
第 24 回   12月3日記  続・敷地境界問題−土地は建築より難しい

 ある日突然

 この工事は、最初に敷地境界の問題で、一波乱あったと報告した。(第18回を参照してください。
南側の敷地の所有者であるLさんと、境界確定のための立会を8月26日(月)の午後2時と、一度は約束できた。しかし、24日の土曜日になって、都合により2〜3週間延期するというファックスが入って、延期されたと報告したところで、話は止まっていたと思う。9月になって、再びLさんからファックスが入って、17日の午前11時を指定してきた。

 こちらはお願いする立場でもあるから、黙って17日の指定を受けた。当日には、Hさん夫妻と立ち会った。Lさんは娘さんと一緒に、かつて道路移管の際に測量したM土地家屋調査士と、知り合いのB土地家屋調査士を呼んでいた。こちらは、反対側の境界杭の入り方や、擁壁の様子など、逐一説明する。しかし、互いの主張を繰り返すだけで、新たな進展はなく、物別れに終わった。
オレンジの杭頭が見える

 しかし、である。10月1日の定例打ち合わせで現場に行くと、朱色に塗られた真新しい境界杭が入っているではないか。驚いて、現場監督に尋ねると、9月26日の昼すぎ、昼食から戻ってみると、杭があったという。建築の関係者は土地問題には無関係だから、こちらに電話連絡をしなかったらしい。見れば、擁壁から20センチ近くも、Hさん側に入っている。なんてこった!

 境界杭は、境界の問題は決着ついてから、最後の確認として入れるものである。両者の合意がない段階で、杭を入れるなど言語道断である。Lさんは既成事実をつくりたくて、杭を入れるようにB調査士に頼んだのではないだろうか。一体何を考えているのか。当事者であるLさんはともかく、調査士のBさんは、完全な職務規程違反である。

 土地家屋調査士は国家資格であり、有資格者は国から保護されているが、同時に厳しい職務規程に縛られている。Bさんの行動が表沙汰になれば、調査士会の懲罰委員会にかけられるだろう。ただちにM調査士にも連絡を入れ、善後策を協議する。

 M調査士も驚いて、B調査士に確認の電話を入れると、やはりLさんの依頼により、B調査士が杭を入れたものだった。現役の調査士が、当事者に無断で永久的な杭を入れたことに、Mさんはショックを受けたようだ。競争があたりまえの建築士と異なり、調査士会に強制加入を義務付けられている調査士は、同業者としての仲間意識が強い。研修なども頻繁に行われているから、調査士同士は良く知った仲である。

 結局、10月11日の午後6時に、M調査士の事務所に集まることになった。B調査士はLさんに泣きつかれたと、杭を埋設した事情を説明したが、軽率だったと認めていた。高齢のB調査士が、自分の誤りを神妙に認める姿には、好感をもった。そこで、杭の撤去を含めて、その後の処理はBさんに一任した。Bさんも忙しいらしく、なかなか杭は撤去されなかったが、12月1日になってやっと撤去された。これで振り出しに戻ったわけである。

 ところで、境界杭の埋設は、当事者の合意の上でなければならないのは、もちろんだが、一度境界杭が埋設されると、それを毀したりすることは刑事罰になる。法律は次のように言う。

 刑法 第262条の2
境界標を損壊し、移動し、もしくは除去し、またはその他の方法により、土地の境界を認識することができないようにした者は、5年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する。

 
 「脅迫」は、2年以下の懲役または30万円以下の罰金である。だから、いかに重い罰が用意されているか判るだろう。つまり、一度埋設されると、それを撤去するのは、埋設した本人以外にはほとんど不可能なのである。Lさんは、こうした事情を知ってか知らずか、B調査士に懇願したらしい。
 
 それにしても、これによってLさんの決意が、相当に堅いと知れた。Lさんがこうした行動にでる以上、ここに境界標を埋設するのは、ほとんど絶望である。結局、ここはグレーゾーンのまま、時間の経過に任せるのだろう。人の心が決める土地の境界は、ほんとうに難しい問題である。
「タクミ ホームズ」も参照下さい
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