H邸の新築工事                 
第 6 回   7月27日記  建築の設計がすすむ過程とは−その3

設計とは決断すること
 
     
 住宅の建築とは、妥協の産物である。大きな家と小さな家の選択からはじまって、家への希望自体が二律背反的なものがあるし、予算や法律などの規制もある。そうしたなかで、何を実現しようとするのか。住みよい家と一口に言うが、住み良さは人それぞれに違う。さまざまな決断を迫られるわけだが、決断の根拠は設計者の家にたいする考え方である。
 閑話休題:私はある部分では、建築基準法を無視しても良いと考えている。たとえば各部屋に、必ず窓を作らなければならないことはないと思う。また手摺りの高さが1.1メートル以下でもかまわないときもある。街並みにかんする部分では、基準法を守るべきだが、家の内部にかんしては法律が細かく決めないほうが良いように思う。

 Hさんからも、いくつか希望が出される。2階にもトイレは必要だし、簡単な煮炊きができるよう、小さな厨房が欲しい。2世帯住宅も視野に入れる、という意味合いである。浴室は1階と共用で良いといわれる。幸いなことに現在の計画でも、浴室の使用にあたって、1階と2階の導線は交差しない。浴室はこのままで良いだろう。

 納戸が欲しい。これも当然の希望である。計画の当初では、どうしても収納などの部分は後回しになるが、納戸などがあったほうが便利なことは当然である。床面積が大きくなっていくが仕方ない。外物置も必要だろう。こうした希望のなかから、どれを採用して、どれを捨てるかはほんとうに難しい決断である。
  最終決定した1階の間取り−21.5坪
  最終決定した2階の間取り−10.5坪

 当初から建築費の制限があれば、それは守らなければならない。床面積が大きくなるのは施工費の上昇だが、予算不足を理由にして、建築主の希望を拒否したくない。しかし、同じ建築費のままで床面積を大きくすれば、グレードが下がるのもやむを得ない。大きな買い物をする建築主にとって、あまりに安っぽい住宅は耐えられないだろうから、どの程度で決断するかはきわめて難しい。

 若い建築主の場合はチープシックも良いが、ある年齢に達した場合には、チープシックは避けたほうが良いだろう。また設備関係にかんしては、快適さはお金と正比例にある。床暖房は快適だが、高価だし使用にもお金がかかる。どこでもすぐにお湯が使えるようにするには、給湯器を各場所に設置すればいいのだが、それも建築費にはね返る。それに今ではクーラーなし、というわけにもいかないだろう。

 いろいろと悩みながら、右のような平面計画がまとまっていった。居間と厨房の位置が入れ替わり、納戸を北側に設けた。居間と取次の境にある壁が、妥協の産物として斜めになった。これは居間への拒否感となりかねないので、ここに入れる扉はガラスをいれて、両方の気配をつなげるようにする。しかし、ガラスの使用は、居間の落ち着き感を、やや失わせるかも知れないが、居間の広さを優先する。

 階段は結局玄関に下ろすことにした。袖壁を少しだして、階段の下の方だけ見せよう。袖壁の見切り(みきり)は、化粧(けしょう)の柱を立てて演出する。階段のはじまりの2段くらいをみせると、落ち着きは崩れないで、2階への意識をもたせることができるだろう。居間の方向へ降りていくのだから、玄関から居間への精神的な誘いにもなる。階段の踊り場下は、外からの物入れにする。

 トイレの奥行きを浅くして、コート掛けをつくった。ここには3〜4着のコートが、かけられればいい。この扉の内側には、鏡をつける。扉をあけたら、内部に照明がつくようにしたい。コート掛けの奥行きは60センチあればいいので、残りの30センチには、後述する循環ダクトを設置する。

 納戸を北側につくったが、居間を45センチばかり狭くした。これは2階とのからみもあるが、床面積をむやみに大きくしないためである。そして、この納戸は外物置と兼用とした。書斎に立て籠もるタイプの人は、納戸へ入るのに書斎経由になることを嫌うだろう。しかし、仲のいいHさん夫婦であれば、それは問題にならないと考えた。

 このあと、扉よりも引き戸が好きなので、可能な限り引き戸にして欲しいと言われる。高気密住宅の場合、外部に面する扉は、開きになってしまう。引き戸では機密性が保てないのだ。そこで可能な部分、寝室廻りなどの扉を引き戸にしていく。

 トイレと寝室の壁は、将来もし車椅子になって困らないように、引き戸が入るように考えておく。老後のためにも、水回りは寝室に接して設けたかったのである。来客のトイレ使用を考えれば、導線は寝室をとおすわけにはいかない。居間から水回りへの導線は、いわば表用と裏用の2本を確保したかった。

 2階は最初、1部屋+サンルームのつもりだった。そのために、トイレや厨房はなかった。居室−1と階段を上りきった部分をサンルームに考えていたが、居室−2として区画した。そして、ミニキッチンとトイレを設けるために、全体を北側に90センチ広げた。厨房−2と書かれている部分は、廊下でもあり厨房でもある。そして、厨房−2と居室−2のあいだは、3枚だての引き戸にして、厨房−2と居室−2の連続性を考える。

 これで間取り=平面計画は、ほぼ固まった。1階が21.5坪(71u)、2階が10.5坪(34.65u)の、延べ床面積は32坪(105.6u)である。これをもとに詳細設計(=実施設計)に入り、確認申請なども役所に提出していく。実施設計では、えもいわれぬ雰囲気を実現するために細かい気配りをしていくが、同時に施工費のおさえを念頭におかなかければならない。金に糸目をつけない建築なんてない。常識的な金額に押さえることも、設計者に課された使命でもある。

「タクミ ホームズ」も参照下さい
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