H邸の新築工事                
第 23 回   11月20日記  順調な工事進行−雨は降っても、

 順調な工事進行

 建築工事とは、どこかで大きな波乱があるものだ。今回のH邸では、着工のときの敷地境界問題が波乱の最たるものだった。完成した建物を、Hさんに無事に引き渡して工事は終了となるのだが、最初に大きな波乱があったせいでか、その後の工事は順調に過ぎている。

 何もない地面の上に建物が建ち始めるときには、予期しなかった様々なことがおきる。だから着工当初は、設計者も確認・指示することがたくさんある。そのため、このサイトにもいろいろと現場報告を書いてきた。しかし、工事が順調に進み始めると、仕事は少なくなってくる。内装工事になっても、設計者が現場に口を出さなければならないとしたら、それは困った現場だと言っても良いだろう。

 当然のことながら、施工に先立って図面を詳細に描いてあるので、着工前にほぼ全体像は決定されている。着工当初は現地と図面の摺り合わせが必要なだけで、敷地のどこに建物を納めるかが決まれば、設計者の出幕はない方が良い。図面どおりに進行しているかを、確認するだけというのが理想かも知れない。

 しかし、理想は理想であって、現実ではない。「納まらない」という電話が、かかってくることもある。納まるという言葉は、建築ではしばしば使われる。水道の水が出ないとか、建具の開閉が渋いといった、単に調子が悪いと言ったことではない。<あるべき状態にならないこと>と言ったらいいだろうか。

 たとえば、図面ではカウンターの上に蛇口を付けるようになっているが、カウンターの幅が狭くて蛇口がつかないとか、吊り戸棚の扉が照明器具にあたって、完全に開かないといったことを言う。前者ではカウンターの幅を広くするか、小さな蛇口に代えるといった対応が「納める」ことだし、後者では吊り戸棚を下げるか、照明器具の場所を変えることが「納める」ことである。

 右の写真は、玄関の扉である。この扉は高気密・高断熱仕様のため、通常の扉よりも厚い。通常の扉のつもりで、枠の施工をすると、納まらないと言うことになる。もっとも、この扉は枠と一体であるから、そうした心配はないが、それでも取り付けには神経を使う。

 上部の丸いのは、玄関先の照明である。天井面の上に設置されるダウンライトという照明器具を使っているから、扉と交錯することはないが、下に飛びだすタイプだと扉と交錯する可能性がある。もっとも、玄関でこうしたことがおきることは少なく、トイレや厨房などの狭い部屋でおきやすい。

 標準的な仕事をしていれば、現場も良く手順が判っているので、納まりが良い。納まらなくなるのは、設計者が冒険をして標準的ではないことを考えたときが多い。たとえば、ふつうの窓は四角いものだが、円い窓にするととたんに納まりが悪くなる。船の窓のように、はめ殺しなら問題はない。丸窓を引き違いで開けるようにするのは、雨仕舞いが難しく至難の業である。

 H邸でも、玄関の丸柱や階段への天井の納まりなど、難しい部分がある。設計のときに考えておかないと、現場では納まらなくなってしまいかねない。納まりを考えるのは、設計者の役割だが、考え不足のまま現場に入ると、職人衆から非難の嵐と言うことになる。

 アクロバチックな仕事を現場に強制しても、納まりさえしっかり考えてあれば、現場は混乱なく進行する。特別なことをしない約束のH邸では、あまり突飛な納まりは使っていない。しかし、玄関のトップライト周りの採光と照明の絡み、居間の照明とカーテンボックスの絡みなど、現場はいささか不安になったようだ。

 トップライト周りは詳細図を書いておいたので、質問は出なかった。しかし、居間の照明は、アクリルの曲げに不安を感じたらしく、何度も質疑が上がってきた。匠研究室ではすでに他の現場で実施している納まりなので、自信をもって対応できたが、まったく新しい納まりのときは内心不安でもある。設計者が不安顔になったら、現場は動かないから、いかにも自信があるような顔をしているが、本心を言えばやはり不安である。

 右の写真は、玄関のトップライトの施工途中である。明るくなっている部分は、空に開いている屋根の部分で、ここから採光をしている。しかし、夜になると、ここからは光が入ってこない。昼と夜で、光の来方が変わるのは面白くない。そこで、この周りに蛍光灯を組み込んだ。そして、天井面には、紙貼りの建具を取り付けて、照明器具を隠している。

 ここまでは普通のことだが、この蛍光灯の交換を考えなければならない。障子のような建具なら、溝を走らせればいいのだが、天井面についた建具ではそうはいかない。結局、蝶番で開閉させるのだが、閉めたときはどう固定し、どう開閉させるかを考えておかなければ、納まらないと言うことになる。これも今や匠研究室の定番で、標準仕様となっているから、図面を見れば現場は順調に進行する。

 現在では、柱を見せない大壁造りが主流になってきたので、納まりに神経を使うことは少なくなってきた。しかし、それでも油断すると、思わぬ所で納まらないと言うことになりかねず、設計段階でどんなに考えても考え過ぎと言うことはない。
「タクミ ホームズ」も参照下さい
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